医療法人化の事例
歯科開業医のS様は、2019年に医療法人化されました。
●時期 2019年
●職業 歯科開業医(開業8年目)
●売上 約1億円(チェア4台)
●年齢 43歳
●家族 奥様(41歳、事業専従者)長女(7歳)
■S様が当初抱えていた課題
①税金(特に所得税)が高いので何か対策を講じたい
②退職金原資が小規模企業共済と確定拠出年金のみのため、足りないのではと不安
③支払保険料が高く家計を圧迫しているので、保障を見直したい
■S様が医療法人化に迷われていた理由
私たちがS様と出会ったのは2018年の初旬。その頃のS様は、開業以来増収増益を続け、以前は法人化のラインとして考えられていた売上8000万円のラインも開業3年目に突破されていました。
しかし、以下の3つの理由から医療法人化を迷われている状態でした。
①後継者がいない(娘様には他の道に進んでほしい)
②医療法人化のメリット・デメリットがよくわからない
③今後の事業拡大を希望していない(チェアを増やせるスペースがなく、移転や増築は予定していない)
④歯科医院激戦区にある医院のため、いつまで今の売り上げを保てるかわからない
■医療法人化以外の選択肢
まず、節税を主目的として医療法人化を考える場合、医療法人化以外に以下の2つの可能性がないか確認しましょう。
①所得分散、経費計上の見直しなど、個人事業主でもできる節税策を実行できているか?
→できていなければ、そもそも、医療法人化する必要がない可能性があります。
まず、医療法人化を検討する前に、個人事業のままでもできる範囲の節税策を講じることができているか?
→所得分散や経費計上は過不足なく行えているかの確認は必須です。
S様の場合は、有資格者ではない奥様の給与を720万円と比較的高めに設定され、ご両親は遠方に居住中と更なる所得分散を図ることは難しく、iDeCoや小規模企業共済、倒産防止共済、ふるさと納税など個人事業主でも行える税金対策はほぼ網羅できている状態でした。
それでも、世帯で年間1500万円以上の所得税・住民税を支払われている状態でしたので、
検討できる節税策としては、医療法人・一般法人問わず法人設立という選択肢しか残っていませんでした。
②MS法人等の一般法人を活用して目的を果たすことはできないか?
→特に後継者がいない方の場合は、医療法人化より一般法人の方が出口戦略が容易となるというメリットがあります。後継者候補がいないS様が、一般法人の設立ではなく、医療法人化を選択された理由には、S様に医業に専念したい(ほかにやりたい事業等はない)というご意向であったこと、奥様以外の正社員は歯科衛生士2名のみという医院の規模からもトンネル会社と見なされない範囲でMS法人に医院の利益を移すには限界があったことが挙げられます。
医療法人化することで、医業収益の一部を法人に残し、それを活用して保障構築や退職金積立を行うなど、一番効率よく税金をコントロールできる可能性が見込めたのです。
MS法人を選ばれるケースには、サプリメントやコンタクトレンズ、医療機器などの販売・リース業や事務系スタッフの人材派遣業、医院関連不動産の管理業などをMS法人で行われていることが多いのですが、MS法人を合法的に成り立たせるためには、MS法人の役割を明確にすることは必須です。
■医療法人化の効果と注意点
医療法人化をすることによって
・専従者給与を超える理事報酬を奥様に支払うことや、遠方のご両親も役員に迎えることが可能になる。
・法人という財布も増えるため、更なる所得分散が可能になり、税金のコントロールも容易になる。
・法人に残した資産を活用した保障構築や退職金積立が可能になる。
→個人での保険料負担が減る。
・名義変更のみで、法人資産の継承が可能になるため、相続税負担は減る(継承する場合)
などのメリットが見込めます。
※ただし、現在設立できるのは新医療法人のみのため、法人を解散する場合の残余財産は国又は地方公共団体に帰属する。といった注意点も存在しますので、S様の場合は極力退職金等で取りきるための計画が必須です。
■ネックの解消
S様が懸念されていたように、後継者問題は医療法人化を検討するにあたっての大きなマイナス要因で、もし、S様が10年後には医院を閉めようとお考えであれば、医療法人化お勧めできないのですが、S様の場合、短くてもお子様が大学を卒業されるまでは今と同程度には働く予定にされていたため、15~20年程度の期間があれば、法人化のメリットを享受することは十分に可能という結論に至りました。
そして、今後の売上に関しては不確定要素も多いですが、売上が半減してしまった場合のシミュレーションも行い、その際に被るデメリットと、法人化で得られるメリットを比較検討した上で、医療法人化の決断をされました。
現に、コロナ禍の非常事態宣言発出中には、売上が500万円程度まで下がってしまった月もあったそうですが、従来よりお子様の大学進学までは医療法人に多めに資産を残す計画で動いていたため、給与設定を見直したり、新たな借り入れを行ったりする必要は無さそうとのことでした。
■効果検証
医療法人化はして終わりではなく、医療法人を設立してからどのような策を講じるかが、医療法人化の効果を実感できるか否かの明暗を分けます。
S様の場合は、医療法人化後まず以下の2点に着手しました。
①給与設定
②保障の見直し
①法人化前年のS様の所得は約4500万円、奥様720万円で、世帯合計で約1700万円の所得税・住民税が課せられていたものを医療法人化後、理事長のS様2000万円、事務長の奥様1200万円とし、世帯の納税額を約650万円まで引き下げることに成功
②世帯年収が約2000万円下がっても、可処分所得に大きな影響を与えないよう確定拠出年金を個人型から企業型に切り替えたり、個人で年間300万円以上支払われていた生命保険料の約85%及び事業借り入れの一部を医療法人名義に変更することで、法人にあえて残した資金の有効活用を図り、家計から極力事業に関連するお金が出ていかないようなお金の流れを作りました。
そうすることで、当初は個人事業の頃の半分程度の給与設定とすることに対して、不安に思われていた奥様にも、家計に大きな影響はなく、安心いただけたようです。